【閲覧注意】牛やヤギを殺しまくるイスラム教の犠牲祭の衝撃

やぎ インド旅行

命の重みを実感するお祭り

インドにて、牛や羊やヤギを殺しまくるイスラム教のお祭り「犠牲祭(イード・アル=アドハー)」をみてきました。

イメージしていた通り、ただただグロいお祭りでしたが、色々と考えさせられる貴重な体験になったので、その時の様子をお届けします。

※この記事には、動物を屠殺している画像(モザイクあり)や文字による描写が含まれています。苦手な方はご注意ください。

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犠牲祭(イード・アル=アドハー)とは

装飾されたモスク

犠牲祭(イード・アル=アドハー)とは、牛や羊を殺して神への信仰心を示すイスラム教のお祭りです。

ざっくり説明すると、旧約聖書にある、

「とある老夫婦は、やっとの思いで授かった子供を生贄にするよう神様に試練を与えられ、言われるがままに我が子を殺そうとしますが、天使の教えによって代わりに羊を犠牲にし、信仰心を示すことができた」

というお話が元になっています。

現在では動物を殺して、その肉を食べることで命のありがたみを実感するという目的もあるようですが、聞いたところによると、インドの田舎村では、本当にこの犠牲祭の意味を理解してる人は少ないらしいです。

インドにおける犠牲祭は少々ややこしい…

牛

インドの多数派であるヒンドゥー教徒にとって牛は神聖な動物なので、牛が殺されまくる犠牲祭への反感はやっぱり強いみたいですね。

特に農村部では、イスラム教徒とヒンドゥー教徒の村が混在しているので、犠牲祭が近づくと隠すように牛を運んできたり、屠殺する時間を夜中にしたりして、なるべくヒンドゥー教徒を刺激しないように配慮するらしい。

ちなみに僕は犠牲祭の前日に、牛を殺していたイスラム教徒がとなり村のヒンズー教徒たちに襲われて殺されるという、なかなかショッキングな動画を見せられました。

動画を見せてきたインド人に「この村は大丈夫なの?」と聞くと、

「大丈夫。動画の村はここから歩いて1時間くらい離れた場所だから。」

って…。

すぐに帰りたくなりました。

インドの田舎で犠牲祭の様子

ここからは、僕がホームステイしていた村での犠牲祭の様子をお届けします。

家々に牛やヤギが集まってくる

牛

まず犠牲祭の3日前に牛さんが運ばれてきました。

ヒンドゥー教徒の目に入らないように、当日まで家の中で飼うようです。

牛とひとつ屋根の下で過ごすなんて後にも先にもこれっきりでしょう。

2頭の羊

ヤギさんはこんな感じで外に繋がれていました。

犠牲になる動物たちは、犠牲祭の前日になると次の日殺されることがわかっているのか、やたらと鳴いたり暴れたり、変な行動を起こすことが多いそう。

当日は朝からお祈りへ

犠牲祭当日の起床は朝6時半。

この日はみんな朝早くから水浴びをして身体を綺麗にし、男性だけモスクにお祈りにいきます。

8時半頃、モスクから帰ってきた家族のみんなと3回ハグして「イードムバラク」と言う挨拶をかわしました。

朝食に甘いお菓子

犠牲祭の朝ごはん

挨拶が終わると朝ご飯。

犠牲祭の朝ご飯はミルクと変な草?です。

久々に辛くない食べ物が出てきたと思いきや、これは強烈にあま〜い。

インド人は加減ってものを知らないみたい。

儀式を見学※ここから閲覧注意です。

やぎ

朝ごはんを食べて少しゆっくりしたあとは、ご近所さんの牛や羊を殺す瞬間に次々と立ち会いました。

犠牲祭の様子

まずキリスト教でいうところの牧師さん的な立ち位置の人がお祈りをし、その家の子供たちの名前を述べ、そのあとにヤギを殺します。

犠牲祭の様子

暴れないように大人が数人で押さえ込みながら、ナイフを首に入れ、切断していきます。

犠牲祭の様子

モザイクなしの画像はこちら(首が切断されたヤギの画像です)

身体から飛び出る血しぶき、悲鳴、悶える姿…

すべてがはじめてみる光景で、あまりの衝撃に言葉を失いました。

解体されたヤギ

背後にはすでに解体されたヤギさんが。

モザイクなしの画像はこちら(部位ごとに解体されたヤギの画像です)

インドの子供たち

おそるおそる眺める現地の子供たち。

大人たちはスマホで解体されたヤギの写真をとって、遠くに住む家族や友達にシェアしていました。

イマドキですね。

牛を抑える男たち

こちらの家では牛を捧げています。

ヤギよりも激しく暴れていて大変そうでした。

外はお祭り気分だけど…

犠牲祭中のムスリムの村

その後、外でお菓子やアイスを食べながら、村のみんなはお祭り気分。

僕は少し気分が悪くなったので、しばらく家で横になることに。

なにが一番ショックだったって、牛やヤギが殺されているのを楽しそうにみる子供たちが多かったこと。

ナイフを持った少年

もう毎年見慣れているから、ひとつのエンターテインメントになってるんですよね。
マグロの解体ショーみたいに。

ただ食べ物のありがたみを理解するためならいいんだけど、楽しんじゃうのはどうなんだろうと思ったり…。

解体された肉は近所で配りあう

家で休んでいると、ご近所さんから続々と解体されたお肉が運ばれてきました。

肉はすべて近所で分け合い、一週間くらいかけてお肉はもちろん臓器もすべて食べます。

個人的には牛の脳みそが一番美味しかった。

犠牲祭を見て感じたこと

なかなか精神的にやられましたが、いつも普通に食べている動物なのに、殺されるところはみたことないなんて方が実は不自然なんですよね。

ただ状況だけ見ればやはり残酷なので、あえて儀式を見ないようにしている現地の人たちも一定数いました。

イスラム教徒にベジタリアンが多いのも、命をいただいて生かされているということを強く実感する機会が身近にあることが理由のひとつかもしれないですね。

僕も小さい頃にこのお祭りを見せられていたら、もしかしたらベジタリアンになっていたかもしれないと思うほど、衝撃的な体験になりました。

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