神風特攻隊が初めて出撃したマバラカット飛行場であの戦争を思う

マバラカット東飛行場の銅像 フィリピン旅行

フィリピンにきたのはマバラカットを訪れるため

マバラカットの街

マバラカットとは、1944年10月21日、旧日本軍の神風特攻隊が初めて出撃した地です。

激戦地でもあったため、数多くの戦跡も残っています。

今回はマニラからツアーでマバラカットへ行った際の様子をお届けします。

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マバラカットへの行き方

マニラにあるツアー会社で申し込みができます。

それほど有名なツアーではないため、当日の参加者は僕以外におらず、マンツーマンでガイドしてくれました。

マバラカットは場所的に個人では行きづらい上、仮に行けたとしても、管理区域に入る許可が得られないため、ツアーでしか行くことができません。

基本的にツアー嫌いな僕ですが、マンツーマンだったこともあり、レイテ島やミンダナオなど他のフィリピンの戦闘地の話、その他東南アジアの戦時中の話もしていただいて大変満足でした。

マバラカットツアーの詳細

まずは平和観音宮へ

平和観音宮

マニラから車に揺られること2時間、かつて航空基地群があったリリーヒルという場所に着きました。

この平和観音宮は、日比両国の平和の象徴としてここに置かれています。

実際に特攻隊が飛び立った西飛行場へ

マバラカット西飛行場の看板

ツアーが始まる前、西飛行場は現在、トレジャーハンターによる荒らし対策のため入場規制が厳しくなっているらしく、入れない可能性が高いと言われていました。

いざ到着してみると案の定、厳重に門が…

しかし、ダメ元でドライバーが「日本人が来てるから通してくれよ」的なこと言うと意外とあっさり門を開けてくれました。

ガイドさんいわく、近年全く入れた試しがなかったため、短時間でも入れることは”奇跡”だそうです。

マバラカット西飛行場

西飛行場はこんな感じ。

何の変哲も無い場所と言えばその通りなんですが、僕はものすごく感銘を受けました。

約70年も前に、まさにこの場所から、以後永遠に語り継がれる狂気とも英雄とも言われる”カミカゼ”が始まったと考えると、心が震えずにはいられません。

マバラカット飛行場の記念碑

日本語の記念碑もありました。

防空壕跡

草むらの影には防空壕らしきものも。

神風特攻隊が誕生した「201空本部跡」

201空本部跡

レイテ沖海戦の結果を受け、大西瀧治郎中将が特攻を決断した場所。

ここで「神風特別攻撃隊」と命名されました。特攻第1号として有名な敷島隊の隊長、関行男が特攻隊の隊長を了承した場所でもあります。

現在ある建物は、後に建てられたものらしいです。

東飛行場へ

マバラカット東飛行場の看板

入り口には「神風」の文字が。

東飛行場は、街中の大通りに面した場所に突然現れます。

マバラカット東飛行場の銅像

こちらにも旭日旗とフィリピン国旗と銅像が建てられていました。

東飛行場の方が少し整備されており、個人的には西飛行場の方が感慨深かったです。

個人運営のバンバン博物館へ

バンバン博物館の看板

飛行場を訪れた後は、現地の方が個人的に運営しているバンバンの歴史博物館へ。

常に来客がいるわけでは無いため、貸切状態でゆっくりと見ることができました。

バンバン博物館の展示物

周辺から出土した日本軍の武器・装備品の数々です。

日本刀とか、ボロボロ具合がものすごくリアル。

バンバン博物館の地図

オーナーさんとガイドさん二人で地図を見ながら盛り上がっていました。

ガイドさんもここに来るたびに新しく学ぶことがあるようです。

日本の国旗と寄せ書き

戦場に行く方へ家族や知人から送られた寄せ書き。

普通はこういったものが展示されている博物館は写真撮影禁止の所が多いですが、オーナーのご好意で撮影許可をいただきました。

日本兵が着ていた服と国旗

こちら日本兵が着ていた服と日の丸。

ガラスケースにも入れられず、こんなに間近で見たのは初めてかもしれません。

戦闘中につけられたであろう傷跡や穴がものすごく生々しい。

大西中将の第一航空隊司令部跡と平和記念碑

第一航空隊司令部跡の鳥居

最後に訪れたのは第一航空隊司令部が置かれていた場所。

入り口には鳥居がありました。

第一航空隊司令部跡

この洞窟が実際に大西中将が指揮を取っていた場所。

下に開いている穴は、財宝探しに荒らされた後だそうです。

第一航空隊司令部跡

ここは完全に私有地のため、勝手に入ることはできません。

住人と交渉し、チップを払って見学させてもらいます。

大西瀧治郎中将の記念碑

道中には大西瀧治郎中将の記念碑もありました。

ちなみにこの記念碑、さっきの博物館のオーナーさんが建てたものらしい。

車の中からバンバン川を眺める

関行男が出撃前日に、

「日本もおしまいだよ。僕のような優秀なパイロットを殺すなんて。僕なら体当たりせずとも、敵空母の飛行甲板に500キロ爆弾を命中させる自信がある。」

という有名なセリフを語った場所であるバンバン川を、帰りの道中で車の中から眺めました。

ほとりに降り立つことはできませんでしたが、近くに自分がいるというだけでもう大満足。歴史をじんわりと感じていました。

特攻隊の目印、アラヤット山

アラヤット山

これもまた帰りの道中で見かけたアラヤット山。

雲がかっていて見づらいですが、この山に向かって南に行くとレイテ島らしく、特攻隊員は当時この山を目印に飛んでいったそうです。

抗日戦線ゲリラの発祥地でもあるそうです。

マバラカットツアーのよかった点

ツアー内容に大変満足したのはもちろんのこと、

行き帰りの車内でも、現在のフィリピン社会の話や、ミンダナオのISの話や日本の共謀罪について、フィリピン視点からの見解を語って頂いたりと、すごく勉強になりました。

また、この後に行く予定であったビガンのおすすめスポットも聞けて、もう至れり尽せりのツアーでした。

風邪をひいていて万全の状態じゃなかったことだけが悔やまれる…。

まとめ

今回のマバラカット訪問は勉強になりすぎることが多く、間違いなくフィリピン旅一番の思い出になりました。

太平洋戦争を知る上でフィリピンは絶対に欠かせない場所なので、今回のガイドさんの専門だと言っていたレイテ島にもいつか訪れて、また思慮をめぐらせたいと強く思いました。

コメント

  1. アバター 西宮 利夫 より:

    初めて拝見しました、戦争中フィリピンで日本軍の基地があったことは今の時代に生きる私は知りませんでした今の日本を守るために多くの同胞が命を捧げたことを今一度考えなければならないと
    思いました 感無量の記事ありがたく拝見させていただきました
    ありがとうございました。時間が取れれば私も一度訪れたいと思います、現地のツアー会社の連絡先教えていただけますか??

    • アバター Taisei Wada より:

      コメントありがとうございます!

      海外に軍の基地があるなんて、いまの日本では到底考えられないことですよね…

      実際に訪れてみて、平和は自然に作られるものではないということ、いまの日本の存在も当たり前ではないということを痛感しました。

      https://friendshipmanila.com/d_tours/mabalacat.html
      僕がお世話になったのはこちらのツアー会社なので、機会があればぜひ訪れてみてください。

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